ウエブサイトにオーストラリアの持つメリットを書き始めたのは、2001年頃からだが、それから、7年過ぎた2008年。オーストラリアの持つメリット、移住するメリットは何かとたずねられると、正直、「何があるんだ」というほどに、変わってしまった。ここでは、そんなメリットの変化を述べてみよう。
と、言った具合に、今、オーストラリアのメリットは、全て、激減してしまった。当然のことながら、オーストラリアに移住する魅力もかなり乏しくなっている。
- 不動産
2002年あたりに、ブームが起こり、物件の価格は上がるばかり。ブームは消えたが、価格は大きく下落することなく、インフレも手伝って、2008年の今では、一戸建ての価格は、50万ドルとまで言われるほどになってしまった。これは、2001年頃に、20万ドル程度で標準的な一戸建てが買えたことに比較すると、いかに、値上がりしてしまったかわかる。
メリット激減。
- 生活費
2005年あたりから、インフレがひどくなった。一例として、パンの価格が、2001年以前には、99セント。これが、2008年の今、2ドル50セント。ガソリンは、2001年にリッター60セント代だったものが、2008年には、1ドル30セント。
メリット激減。
- AU$安
オーストリアの景気が良くなり、公定歩合が上がり、当然、オーストラリアドルも強くなった。円安は、一時、1ドル105円程度まで進み、外貨に頼ってオーストラリアで生活を成り立たせていた人は生活苦におちいり、外資系で仕事していた人は失業した。
メリット激減。
- 永住権獲得待機期間
国際テロに伴い、オーストラリアの移民法も強化された。これにより、永住権獲得の待機期間が、2年から4年に延ばされた。また、市民権獲得のテストも、それまでは比較的なあなあだったものが、より厳格になった。
メリット激減。
一連のことを分析するならば、全ては、不動産ブームによる、一種のバブルから始まっている。オーストラリアの景気が悪く、ドル安で、外貨資本の参入にメリットがあった時期には、移住者が不動産を買いやすく、実質上、これが、不動産の価格を吊り上げてしまった。
2004年頃には、不動産ブームは下火になったものの、景気回復の基盤を作り、2005年にはインフレになった。オーストラリアドルは強くなり、外貨に頼って生活していた移住者は、オーストラリアを離れることになった。私の知人にも、この時期にオーストラリアドル安のメリットがなくなったために、オーストラリアを脱出した人が多くいる。
面白いことに、このインフレで、「万引きが増えた」、とスーパーの店員が言っていた。景気が良くなっても、所得がインフレに見合うだけ増えない低所得者、年金生活者にとっても、生活しずらい環境になったと言うことだろう。
また、外貨資本で操業していた外資系事業も撤退。これに伴って、失業した人も多い。私の友人の中には、オーストラリア支店での職を奪われ、海外支店への転勤を余儀なくされた人もいる。
オーストラリアの景気が良くなることで、その魅力が激減するというのもパラドックスに聞こえるが、これは、輸出入業を例にとって説明するとよく理解できる。
輸入業者にとって、オーストラリアドルの値上がりは、朗報だ。一方、輸出業者にとって、オーストラリアドルの値上がりは、警報だ。輸出業者は外貨を稼ぐ。だからドル安だと儲かるわけだ。
同様に、海外から仕事を取ってくる事業者、外資系資本にとっても、ドル安だから事業によいのであって、オーストラリアの景気が良く、ドル高になると、メリットが減り、仕事が減ってしまうのだ。
これは、留学生にも大きな影響を与える。オーストラリアドルが値上がり してから、留学生の数も減っているのだ。特に、日本、アメリカからの留学生の減少は顕著だという。私も、留学生相手に英語やITの家庭教師をしていたものだが、その仕事は激減しているので、身近に感じている。
コラムの「学校」のところに、留学の実態を書いているが、円安になると、留学と言う名の遊びに無駄金を使うことに嫌悪感を強める親は多い。例えば、日本からの小学生留学に付き添っていた母親が、授業料ばかり高額で、登校日の非常に少ない学校制度によく愚痴をこぼしていた。
私立校に留学する場合、授業料は、一学期、1万ドル程度。一年に四学期あるので、年、4万ドルもかかるのである。ところが、この一学期は、2ケ月程度しかなく、実際に、学校に行くのは、年に200日もないのだ。文句を言いたくなるのも納得できる。が、これも、オーストラリアのシステムを知らず、日本の学校の感覚で留学してしまった過ちである。円安になると当然、留学が馬鹿らしくなり、引き上げていった。
また、公定歩合が上がると、家を買える人間が減り、ローン返済に困って家を売らざるを得ない人間が増え、賃貸住宅の需要が増える。その一方、大家は借金返済に追われているから、賃上げとなる。インフレも助長して、賃貸住宅市場は、空家率1%と言うほどに厳しくなる。大家は、いくらでも借り手を見つけられるから、値上げ要求、追い出すことも強気で行う。借家住まいの人間達は、生活が大変だ。
オーストラリアの借家は、6ケ月契約が標準。そのため、6ケ月すると、住むところを追われて、転居を繰り返す引越し貧乏も助長する。景気が良くなったことで、その被害を受けている人間はとても多いのだ。
これだけ、メリットが減り、むしろデメリットが増えたオーストラリア。昔は良かったと思うのも、無理のないことかも知れない。まあ、唯一のとりえは、公定歩合が7%を超えるようになったことだろうか。インフレがどこまで進むかはわからないが、オーストラリアはかつて、公定歩合が17%以上にもなっていた国である。そこまで、行けば、メリットとして数えられるだろう。
追記:2008年10月。
オーストラリアの公定歩合は維持され続けていたが、9月に下がった。オーストラリアドルも大きく値下がりし始め、あっさりと、公定歩合逆行の流れ。そして、10月の世界金融恐慌で、オーストラリアドルはあっさりと、AU$=66円、AU$=US67セントに。オーストラリア経済の「実力」を露呈した。
一方、インフレだけはさらに加速し、年金暮らしの年寄りなどは「貧困」に分類される寸前の状態。オーストラリア国民にとっては、最低の状況である。
関連事項、「Oh, Gee! オージー!」も参照にされたし。
ホーム | 始まり | ご挨拶 | 語学 | 仕事 | 金 | 人生 | 出版| 学校| 海外移住 | フィードバック
| お知らせ
| メディア
Copyright © 2008 Toshimichi Meshiei 名志栄 利満