始まり

 2000年に、英日中三ヶ国語教育を原点に、世界に通用する教育をモットーにスタートしました。現在では、生涯役立つ実用的な教育を目的にしています。大学や大学院を卒業していても仕事にありつけない今、子供にも大人にもメリットのない無意味な教育ではなく、一生役立つ本物の教育をする。それが理念です。
 このサイトでは、セルフ・ヘルプを中心に、役立つコラム、実用的な読み物を提供します。


意味のない教育が多すぎる

 私が日本で学校教育を受けたのは、1960年代後半から1970年代のこと。小学校の頃には楽しく通っていた学校も、中学生あたりから、半強制的に学校で勉強させられることに疑問をもち始めました。それでも、成績は平均すれば中の上。普通の生徒でした。
 しかし、高校生になるとさらに疑問が強くなり、好きで学ぶ教科と興味のない教科の成績は天と地。学年でトップを争う一方で、学年で最下位も競っていました。理由は簡単。興味のない課目は実用的でない、自分にとって役立たない、だから学ぶ意義がない。
 学ぶことでどういう価値を得られるか教えずに、ただ知識を詰め込む教育だったからでしょう。例えば、世界史。何百年も前にフランスで何が起ころうが、そんなものは私の生活にも人生にも何のかかわりもありません。何の役にも立ちません。

 1980年代に、アメリカで様々な専門訓練を受けるようになると、アメリカの教育を垣間見るようになりました。小中学生の教科書を見ると、身近なことを題材にして教えています。実用的な教え方をしている印象を受けました。
 オーストラリアに来て学校教育を見ると、小中学校はアメリカ同様、身近な題材で教科書が作られています(レベルは日本に比べると大分低く、かなり無駄の多い授業形態ではありますが)。ところが、高校あたりから、日本と同じ、知識の詰め込み状態。
 再び、学校で勉強することの無意味、無駄を認識させられたわけです。学校での教育と言っても、結局は営利目的。私立も公立も同じです。学校に頼らない教育をしなければいけないと感じたのです。  

塾もだめ

 学校の教育が無意味なら、塾で勉強させればよいというものではありません。塾はもっと役立たないからです。
 いい学校に入るための塾では、学校教育にも劣る実用性のない知識の詰め込みです。学校に入るための教育では、社会、人生では全く役に立たないわけです。子供の人生に役立つ、仕事に役立つ、そうした教育でないとなりません。いい学校に入るための教育、いい会社に入るための教育ではないのです。

「The great aim of education is not knowledge but action. (教育の大きな目的は知識でなく、行動だ)」

 これは、イギリスの哲学者、社会学者であるハーバート・スペンサーという人の言葉。いい学校に入るための教育、いい会社に入るための教育では 他人に使われる人間になることを目的とした教育が施されてしまいます。
 本当の教育の目的は、自分で行動できるようになることです。子供が自分で行動を起すようにすることです。学ぶことの楽しさを教える。興味を持たせる。それが親の役目。後は子供が自分ですることです。  

就職を意識した教育の問題点

   高校生あたりから、誰でもが就職を意識した教育に触れていきます。就職に有利な学科、学校を選んで進学します。学校は、生徒を集めるために仕事につける、就職率が高いを売りものにしますが、実態は分かったものではありません。
 オーストラリアでは教育機関が花盛りですが、失業率は日本以上に高く、若者の間では常に20%。就職するために学歴が必要と言う誤った認識で大学や大学院にまで行きながら、就職できない若者はごろごろいます。これは、オーストラリアだけでなく、アメリカも同じ。
 就職することを目的に学校に行くなら、すぐにその仕事につくほうがずっと利口です。学校で、役に立たない、古いことを教わって金を払うよりも、金がもらえて実地訓練できるのですから。
 学校の教育が、無意味な時間と金の消費になってしまっている現状にどう対処したらよいのでしょうか。

「Don't let schooling interfere with your education.(学校に教育の邪魔をさせるな)」

 これは、「トム・ソイヤーの冒険」などの小説で知られるマーク・トゥエインの言葉です。学校の価値は何でしょう。学校に頼らない教育が必要である時、根本的に考え直すべき問題です。
 いい仕事につくためであれば、学校に行く必要はありません。自分で仕事すればいいわけです。
 いい就職をするためであれば、学校はあてになりません。不況で就職先は減っているし、就職できてもいつ失業するかわかりません。
 学校は趣味で行くところ。教育の場ではありません。

現実にかなった教育を

 こうしたさまざまなことから、「本当に役立つ教育とは何か?」を考えてスタートしたのが2000年のことでした。狭い日本にいたら気付かないことだったかも知れません。しかし、今はグローバル化が人々の生活を変えています。イギリスで口蹄病が流行れば、日本の焼肉店がつぶれ、オーストラリアの牛肉が値上がりする世の中です(日本向け輸出に回り、品不足のため)。英語は、日本の小学校の必須学科になり、日本語は、オーストラリアの小学校の外国語。
 また、不況で会社がつぶれるから、会社に頼らない仕事の仕方も早くから心得ないといけない時代にもなりました。学校を出ても就職しか出来ない子供に育ててしまうと、会社や就職といった、学校の次の営利目的の組織の犠牲となってしまいます。教育で学校に頼れないのと同じように、仕事をする上で会社や就職に頼れないわけです。

 これからは、語学能力、グローバルな行動能力、そして就職しない労働能力。この3のテーマが重要な教育の鍵になっていきます。それが、我々の現実を意識した教育、現実にかなった教育のポイントです。



名志栄 利満 (めしえい としみち)

 元国際ジャーナリスト。フリーターからスタートして、20年間に20社以上で20種以上の職種に携わる。アメリカで様々な専門訓練を受け、英検一級、MCSE(マイクロソフト認定システムズ・エンジニア)、CCNA(シスコ認定ネットワーク・アソシエーツ)の資格を持ち、 日本国内外でコンピューター・エンジニアとしても従事。現在、オーストラリアで、英語、日本語、コンピューター技術を教える。
 自分の子供の日本語教育をきっかけに、一生、役立つ教育、一生、仕事に困らないための教育、一生、金に困らないための教育など、実用的な教育を唱える。








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