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2008年3月24日



Oh, Gee! オージー! へんなこんな国だよ オーストラリア

 うわべだけでなく、シリアスに深くえぐったオーストラリアの実態を紹介。主観を除いて客観的にオーストラリア社会と国民を分析する。
 「オージー今昔」に、オーストラリアの持つメリットがなくなったことを書いたが、ここではオーストラリアという国に焦点を合わせて、その社会制度、国民達について述べてみよう。



 オーストラリアという国は、南半球にあるため、北半球の人間とは思考が逆であるのか、あるいは、島国であるため、鎖国的な思考なのか、いろいろと面白い。

 だから、初めて日本から来た人間などは、別の意味でのカルチャー・ショックを受けたりする。例えば、仕事しない国民、金を貯めない国民、無料の医療費、マイホームを持つ貧乏人、異様なほどに高額な税金などなど。

 しかし、これも、オーストラリアのシステム、つまり、仕組みを理解すれば、納得できてくる。例えば、国民が仕事しない、金を貯めないのは、オーストラリアの税制と社会保障制度に原因がある。



社会保険なし

 オーストラリアには、日本のような雇用保険というものが存在しない。つまり、失業しても、失業手当がもらえる制度がないわけである。ところが、低所得者手当ての制度が存在していて、これが、保険という名目でその資金を徴収していない。だから、仕事をして税金を収めていようがいまいが、低所得者であれば、手当てを受けられる。

 この低所得者手当ての制度では、仕事を始めても一定の収入に達しない場合、手当てが支給され続ける。一定の収入に達しても、仕事が長続きしなかった場合、すぐに再支給がされる。

 しかし、6ケ月以上、仕事に従事してから離職すると、再支給を受けられるまでに、6ケ月の待機期間が課されるてしまう。当然、労働者は、6ケ月になる前に、やめる方が無難と考えるわけだ。

 さらにここには、雇用制度による、雇用者側の思惑も絡んでくる。雇用者側には、6ケ月以上雇用すると、昇給するなどの義務が課されていて、雇用経費がかさむという欠点がある。つまり、雇用者側も、6ケ月になる前に、解雇するのである。

 オーストラリア人が仕事をしない理由は、このシステムに対応しているだけのことなのである。
 この低所得者手当ての制度は、支給期間が限定されていないから、若者が、仕事もせずに、この低所得者手当てを10年以上も受けていたりするのも珍しくない。  



金を貯めると損するシステム

 さて、次に金を貯めない理由を説明しよう。
 仕事をしないのだから、金が貯まるわけもないのだが、実は金を貯めたがらない理由がある。

 前述の社会保障制度で、雇用保険は存在せず、低所得者手当てがあると説明した。この低所得者手当ての支給を受けるには、条件がある。それは、財産を保有していないこと。この財産には、特定の価格以下のマイホームや自家用車は含まれない。つまり、貯蓄のないことが第一条件なのだ。

 だから、一生懸命仕事しても、金を貯めていると、失業した時に、手当てを受けることができない。当然、金を貯めないわけである。こんなことだから、大した所得もない人間が金を使って、モノだけは持っている。だから、こんな人間達の中に、ベンツに乗っているやつを見かけたりすることもある。

 オーストラリアの社会保障制度が、仕事をしない、金を貯めない、という国民を助長しているのは明らかだ。



貧乏人がマイホームを持てるわけ

 日本では、マイホーム購入となると、頭金に何千万必要で、あとは、ホームローン、というパターンを思い浮かべるだろうが、オーストラリアでは、頭金など微々たるもの。ホームローンには、90%は普通だし、105%なんていうのまである。105%というのは、物件の購入価格プラス、購入にかかる諸経費。つまり、頭金0、全額借金で家を買えるという構図。
 こんなシステムだから、金を持たない人間でもマイホームが買えてしまう。

 前述のように、金を貯めないことを助長されている国民だから、金を貸す方も、それに対応しないと商売が成り立たない。だから、アメリカあたりで書かれた不動産投資の本などは、ここ、オーストラリアでは役に立たなかったりする。例えば、アメリカの不動産投資の本には、利率変動ローンの方が、貸す側のリスクが低いので、利率が低いのが普通とされるが、オーストラリアでは、利率変動ローンの方が利率が高かったりする次第だ。



医療費無料

 オーストラリアには、雇用保険が存在しないと前述したが、国家による健康保険も存在しない。しかし、これも、保険という名目で徴収されていないだけのこと。
 オーストラリアの場合、国家の援助が受けられる医療機関と受けられない医療機関(私立)がある。
 一定の額以上の所得者は、国家の援助が受けられる医療機関、医者に行けば、診療費の何割かを払わなければならない。これは日本と変わらない。しかし、低所得者は、診療費無料。さらに、薬代も割引が受けられる。

 つまり、ここでも、低所得者を優遇する制度なのである。



税制度

 さて、こうしてみると、オーストラリアのシステムが、仕事しない人間を助長し、金を貯めない人間を助長し、低所得者を助長していることがわかるわけだが、こんな彼らを養っているのは、税金である。当然、税率が高いわけだ。
 オーストラリアで仕事することを考えてみると、雇用保険がなく、健康保険もない。さらに、扶養控除も全くない。また、日本のように、交通費が支給されることもなく、通勤費は経費としても認められない。

 税金は、一括して天引きされ、扶養控除は、自ら申請して、条件に一致すれば還付される。とにかく、働くものにとって、不便、不公平なシステムである。例えば、子供の養育費を例に取ると、扶養控除ができないから、申請しなければならないのだが、この申請ができるのは、稼ぎ手である一家の主ではなく、妻なのだ。だから、男から見ると、税引き後の収入の中から生活費が妻の元に行き、妻は、政府からも養育費として手当てを支給される、二重取りのイメージがある。

 こうした税制度は、結婚したがらない男を助長している。

 その一方で、子供が3人以上になると、年額2万ドル近くの養育費が支給される。こんなことだから、金目当てに子供を産む女が多いのだが、この養育費を、酒やショッピング、果てはドラッグに使う始末で、批判を買っている。



そのルーツ

 さて、オーストラリアの諸システムのもたらす弊害(魅力?)について、述べたが、ではなぜ、そのようなシステムが生まれたのか。答えは簡単で、仕事がなく、貧しい国だからという現実が一つ。そして、それに対応できない国家の未熟さだ。

 日本と比較してオーストラリアを観ると、どうしても、彼らにとっては、公平ではない。世界第二位の経済大国の日本と、G7にも入らないオーストラリアを比較するのは酷だからだ。そこで、オーストラリアの歴史、そのルーツから観てみよう。

 ご存知のように、オーストラリアの発祥は、イギリスの犯罪者の島流し先。植民地である。
 オーストラリアという国家の歴史は浅く、未熟である。今でも、国旗の一部にユニオンジャックを掲げているほど、自立に欠けているのだ。植民地思考というべきかも知れない。つまり、独立しなかった国家であり、国の気質として依存心が強い。言ってみれば、自己管理能力に乏しく、国民の統率がうまくできていないのだ。だから、国家の政策の殆どが、短絡思考。現金で国民を釣る、という、軽薄な発想によるものになりがちだ。

 出生率が低下すれば、出産金を支給して、子供を増やそうという政策がいい例だ。だが、自己管理能力に欠ける国家の元で育った国民に自己管理能力が備わっているはずがない。前述の、養育費を酒やショッピング、果てはドラッグに使う母親よろしく、これも、批判を買っている。
 しかし、この政策が撤廃される気配はなく、むしろ、その金額増加の一途をたどっている。この出産金は2005年に4千ドル、2007年に5千ドル。2008年7月から、6千ドルになる予定だ。

 また、自由国のはずでありながら、選挙に行かないと罰金が科されるなんて言う、世界でも異例の国でもある。私が思うに、本当は、投票に行けば、投票金なるものが支給されるということで、国民を釣りたかったのだろうが、それでは、選挙の公正性を揺るがす大問題になりかねないので実施できなかったと推測している。



独立を知らない国家の独立を知らない国民

 オーストラリア人と会話していると、彼らのボキャビュラリーには、独立とか自立という言葉はないのかと思うことがある。こうした植民地思考、依存思考は、彼らの生活に根付いてしまったのかも知れない。

   例えば、近所付き合いにしても、植民地思考の強い彼らは、人からものをもらうのを当然と思っていて、お返しはおろか感謝することをしない。こんな気質は、店員を観ているとよくわかり、アメリカや日本で、買い物すれば、「Thank you, come again.」「ありがとうございました」、は当たり前だが、オーストラリアでは、まず言わない。

 また、やたらと、寄付をせびるのだが、態度が非常に横柄で、乞食と変わらない印象を受ける。
 こんなことも手伝ってか、オーストラリアの金持ちは、寄付と言うものをしない。ただでさえ、低所得者を養うために高い税金を払っているのだから、いまさら、寄付など馬鹿らしいと思うのは、納得できるが、植民地思考が強いことも大きな理由だろう。

 オーストラリアに永住した日本人がよく、オーストラリア人とはうわべだけの付き合いしかできないと、言ってるのを聞くことがある。しかし、彼らのルーツ、彼らが今置かれている環境を理解すれば、その理由もわかってくる。

 例えば、移民に対する劣等感。金持ちの移民がいきなり、百万ドルと言う大金の豪邸をキャッシュで買っては、住み着いてくるのだ。表向きは、愛想よくしていても、本心では彼らをよく思うはずがない。

 また、劣等感に関連したことで、オーストラリア人には、裏表、偽善が多いことも見抜いておかなければならない。一例だが、俳優のラッセル・クロウがハリウッドでスターダムにのし上がった時、オーストラリアの生んだスター扱いしていた。しかし、彼が不祥事を起こすと、「あいつはニュージーランド人だからな」と、豹変したものだ。

 こうした劣等感から来る偽善は、イギリス、アメリカという英語二大国に対する引け目に追うところも多い。例えば、インターナショナルに仕事をしていると、イギリス人には、今は、アメリカに負けているものの、過去に世界各地に植民地を保有していた支配者的自負を持つ発言をする者が多いことに気づく。アメリカ人には、イギリスの植民地から独立し、世界一の経済大国にのし上った事実がある。いくらアメリカの悪口を言われようと、それはひがみにしか聞こえないので、さして取り合わなかったりする。

 しかし、オーストラリア人はどうかと言うと、イギリスの植民地から独立したわけでもなければ、経済大国になったわけでもない。だから、アメリカ、イギリスと対等に渡り合えない。
 そのため、アメリカ人、イギリス人、オーストラリア人が入り混じった職場で仕事していると、オーストラリア人は比較的無口であるのに気づく。例えば、職場でアメリカ人やイギリス人達と会話が始まって、みんなで雑談に花を咲かせていても、オーストラリア人は会話に入って来ないのだ。  
 オーストラリア国内、あるいはオーストラリア人同士では、アメリカ、イギリスを馬鹿にしていたりするのだが、国外に出ると黙りこくってしまう、内弁慶的な偽善性なのである。



子離れできない国家?

 なぜ、こうも、自己管理能力がなく、国民に自立、独立を促さない、国民の職業能力を育てない国家なのかと考えてみると、そこには、まるで子離れできない親のような、国民へのしがみつきを感じることがある。

 その理由は、出産金支給が非難され続ける中、実施されている点を掘り下げると理解できてくる。  つまり、それだけ、オーストラリアが人口増加に四苦八苦していることを物語っているのだ。

 オーストラリアの移民は当初、白人しか受け入れていなかった。しかし、それで人口が増やせず、白人オンリーを撤廃した。それでも、人口は大きく増えず、オーストラリア国内での出生率は下がる一方。そこで行ったこの出産金政策は、出産率を一時的には、確かにあげているのだ。
 この政策が後々、裏目に出るかはなんともいえない。前述の低所得者手当て制度が、働かない人間を増やしているように、この出生率増加は、将来の働かない人間増加につながりかねないからだ。  

 だが、子離れできない親は、子供の自立を恐れる。手元においておきたいのである。オーストラリアと言う親は、国民と言う子供を手放したくないのである。これは、オーストラリアの人口増加、維持に重要だからだ。
 一例をあげるならば、オーストラリアの景気が良くなる前の2000年あたりのこと。AU$安、不景気の頃、プロフェッショナルと呼ばれる職種の人間が、数多く、イギリス、アメリカへと去って行った。人口損失である。もちろん、アメリカ、イギリスの方が仕事はあるし、同じ仕事をしていても、その収入は、2倍、3倍とずっと割がいいのだから、無理もない。これは、オーストラリアの技能者、有能な人間の流出を意味し、国内の技能者不足を及ぼした。

 しかし、この時、オーストラリア政府は、流出による穴埋めの人材育成をしなかった。景気が回復すると、国内の技能者不足はさらに深刻になり、2005年あたりから、殆ど手遅れ状態で職業訓練校を増やした。この技能者不足が、国民の日常生活にまで及ぶ羽目になったから、何もせずにいられなくなったのである。一例だが、配管工、いわゆる水道屋の賃金が、1日2千ドルにまでなり、一般家庭で、配管工を呼ぼうものなら、来てもらえるだけ幸運。30分にも満たない作業で200ドルも請求されるほどである。

 自立できる有能な人間を育てると、彼らをイギリス、アメリカに取られてしまう。人口を減らしてしまう。そんなジレンマがオーストラリアにはあるのだ。オーストラリアは移住で人口を増やしている国ではあるが、その一方、移住で人口を失っている。だから、国民と言う子供を手放さない策に四苦八苦しているのである。



 オーストラリアの実態について、いろいろと社会的な面を述べてみたが、こうした仕組みがわかってくると、オーストラリアの随所にオーストラリア的発想を見出せるようになってくる。また、オーストラリアと言う国家、国民も理解できてくる。

 システムの良い悪いは、それを利用できる立場にあるかどうかで主観的に変わってくるから、個人の見解による。しかし、例えば、移住を考えようと言う人にとっては、「オージー今昔」に述べた変化とともに、こうしたシステムの理解は重要だ。
 

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